「5月に売れ」は4月から始まっている

「Sell in May and go away(5月に売って立ち去れ)」は英国生まれの株式格言で、5月に株を売って秋に買い戻すと相対的に良い結果になる、というアノマリー(説明のつかない統計的偏り)である。米国株のS&P500では1950年以降、5月-10月の半年と11月-4月の半年でリターンに明確な差があることが繰り返し検証されている。

ところが日本株を1990-2025年の30年超の月次データで眺めると、見た目の格言とは異なる構造が出てくる。日本株では「4月売り」、すなわち5月になる前の4月後半からすでに調整が始まり、その後10月までが相対的に弱い。本記事では日経平均の月別カレンダーを整理し、なぜ日本では1ヶ月早く始まるのか、そして2010年代以降にこのアノマリーがどう変質したかを解きほぐす。

結論を先に述べれば、日本株の「4月売り」は単なる季節性ではなく、3月決算ベースの配当権利落ち、海外投資家のサマー前ポジション調整、新年度予想の見直し圧力という日本市場固有の3要因が重なった結果である。アノマリーとして機械的に当てはめるのではなく、構造の理解と組み合わせることで意味を持つ。

Sell in Mayの起源 — 英国の競馬カレンダーから

Sell in Mayの完全な格言は「Sell in May and go away, come on back on St Leger's Day」である。St Leger's Day(セント・レジャー・デー)は英国三大競馬の一つ「セントレジャーステークス」が開催される9月中旬を指し、貴族や富裕層が春から夏にかけて社交シーズンで都市を離れ、9月の競馬を機にロンドンへ戻ったことに由来する。彼らが市場から一時退出した時期に株価が低迷したのが起源だ、というのが定説である。

米国株でも同様の傾向は確認されており、1950年以降のS&P500では11-4月の平均リターンが5-10月を明確に上回る。ただしこの差は2000年代以降に縮小傾向で、近年は単純な機械適用だけでは稼げないという分析が主流である。

日本株30年カレンダー — 月別勝率と平均リターン

11月-4月 vs 5月-10月の構造

日経平均株価の1990年から2025年までの月次騰落率を6ヶ月単位で集計すると、おおよそ以下の傾向が観測される。

  • 11月-4月の半年: 平均リターンはプラス、月次の勝率は約60%
  • 5月-10月の半年: 平均リターンはほぼゼロから小幅マイナス、月次の勝率は約45%

両者の差は年率換算でおよそ5-7ポイント、と米国株のスプレッドより明確に開く期間がある。**「冬有利、夏不利」**の構造は日本株でも本質的に成立してきた。

月別の勝率の偏り

月別に分解すると、興味深い偏りが見えてくる。

  • 強い月: 1月、4月前半、11月、12月
  • 中庸: 2月、3月、6月、7月、9月
  • 弱い月: 5月、8月、10月

この中で4月だけが「前半強・後半弱」の二相構造を持つ。月初から中旬にかけては新年度入りで買い優勢になりやすいが、月末にかけて売り圧力が強まる。これが「日本版Sell in May」の正体で、5月相場を待たず4月後半から下落モードに入る年が多い。

なぜ日本株は4月から売られるのか — 3つの構造要因

要因1: 3月期末の配当権利落ちとファンドのリバランス

日本の上場企業の約7割が3月決算で、3月末日に配当の権利付き最終日が集中する。権利落ち後の4月初旬は配当落ち分だけ機械的に株価が下がる。さらに3月末を期末とする投信・年金ファンドが新年度入りでリバランスを行うため、4月に大規模な売却が発生しやすい。

米国市場との決定的な違いは、米国がカレンダー年度(12月決算)中心で配当時期も分散しているのに対し、日本は3月に集中している点である。この日本特有の決算カレンダーが、Sell in Mayの開始時期を1ヶ月前倒しにしている最大の要因と考えられる。

要因2: 海外投資家のサマー前ポジション調整

日本株の売買代金の6割超を占める海外投資家は、欧米のサマーバケーション(7-8月)前にポジションを軽くする傾向がある。彼らの「夏前売り」は4月後半から5月にかけて始まることが多く、Sell in Mayの英国格言とそのまま重なる。日本株市場では海外勢の売りが3月決算要因と重なるため、英米よりも早い時期から下落圧力が掛かりやすい。

要因3: 新年度業績予想の見直し圧力

日本企業は4月から5月初旬にかけて前期決算と新年度予想を一斉発表する。市場参加者は前期実績よりも、新年度予想に反応するケースが多く、強気予想を期待していた銘柄が肩透かしになる「期待調整」が4月後半から始まる。日本企業は保守的に予想を出す傾向が強いことが知られており、決算ラッシュは指数全体を押し下げる方向に働きやすい。

これら3要因はいずれも日本固有のカレンダー構造に紐づくため、Sell in Mayという英国格言を機械的に日本へ当てはめるよりも、「Sell in April」と理解した方が実態に近い。

年代別の変質 — 1990年代と2010年代以降の違い

30年データを10年区切りで分けると、Sell in Mayアノマリーは時代によって強度が大きく変化してきている。

  • 1990年代: バブル崩壊と長期下落の中で月別差は明瞭。5-10月のマイナスは特に深く、機械的な売り戦略の「効き」が良い時代
  • 2000年代: ITバブル崩壊・リーマンショックなどイベント要因に飲まれ、月別差は出るもののノイズも大きい
  • 2010年代: アベノミクス相場で全体が上昇基調になり、5-10月でもプラス月が増加。アノマリーは明確に弱化
  • 2020年代前半: コロナショック後の急回復、円安・東証改革を背景に再び11-4月優位だが、5-10月もプラスの年が増えている

近年のアノマリー弱化の背景には、日銀ETF買い入れ(2010-2024)による下方圧力の緩和、海外投資家比率の構造変化、企業の自社株買い増加による需給安定化などが指摘されている。「機械的に4月末に売れば勝てる」時代ではなくなりつつある

2026年の4-5月相場をどう見るか

過去30年カレンダーから今年の相場を読むときの実用的な視点は、以下のとおりである。

第一に、月別アノマリーは確率の偏りであって決定論ではない。30年で11-4月の勝率が60%といっても、4割の年は逆方向に動く。アノマリーを単独で売買シグナルにするのは危険である。

第二に、2026年4月時点では日銀政策金利が0.75%、2027年半ば1.5%予想という金融正常化局面にある。過去の利上げサイクル(2006-07)でも4-5月は調整局面となったが、業種別では銀行・保険などが相対的に強かった。指数レベルの「Sell in April」と業種レベルの強弱を混同しないことが重要である。

第三に、個別銘柄では3月決算の業績ガイダンスが最大要因となる。指数の月別パターンより、各社の予想開示の保守度合いを見極める方がリターンへの影響は大きい。

注意点 — アノマリー利用の3つの限界

月別アノマリーを使うときに留意すべきことは以下の3点に集約できる。

  • 過去のパターンは未来を保証しない: 2010年代以降のアノマリー弱化が示すように、市場構造の変化で過去の偏りは消滅しうる
  • 取引コストと税金: 4月末に売って10月末に買い戻す機械戦略は、年に2回の売買を必要とし手数料・税金(約20%)が累積する。アノマリーが弱化した年代では純利益で負ける可能性が高い
  • 個別銘柄の固有要因: 業績好調の個別銘柄は月別パターンを無視して上昇する。逆も然り。指数のアノマリーと個別の業績は別物として扱う必要がある

まとめ

日本株では「Sell in May」という英国格言よりも**「Sell in April」と捉えた方が実態に近い**。3月決算の権利落ち、海外投資家のサマー前ポジション調整、新年度予想の見直し圧力という3つの日本固有要因が、5月を待たずに4月後半から下落圧力を生む構造になっている。

ただしこのアノマリーは2010年代以降に弱化しており、機械的な月末売買戦略は手数料・税金を加味すると割に合わないケースが多い。月別カレンダーは「市場全体のリスクオフ時期を意識する」程度の参考情報として位置づけ、個別銘柄の業績や金利局面など他の要因と組み合わせて使うのが実務的である。


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