「株はインフレに強い」とよく言われる。企業は値上げで売上を伸ばせるし、株式は工場や在庫といった実物資産への請求権だから、物価が上がれば株価もついてくる——理屈としてはもっともらしい。だが歴史のデータは、この通説を真っ向から否定する

インフレが加速した1970年代、米国株は急性期の2年間だけで実質的に約半分の価値を失った。日本株にいたっては、狂乱物価のあと5年近く高値を取り戻せなかった。この記事では、過去の高インフレ時代に各資産クラスで実際に何が起きたかを数字で振り返り、「株=インフレヘッジ」という思い込みの正体を解き明かす。

この記事の要点
  • 1970年代の急性スタグフレーション(1973-74)で米国株は実質で約48%下落、長期債も-18%
  • 日本は1974年に消費者物価が前年比約23%上昇、日経平均は5年近く高値を回復できなかった
  • 同じ時期に金は実質年率およそ9%、コモディティ指数は10年で約+586%と実物資産が圧勝
  • 株が長期でインフレを上回るのは「ヘッジ」だからではなく、リスクプレミアム(成長への請求権)が効くため

「株はインフレに強い」はどこから来た通説か

株式がインフレヘッジだという考え方には、一見すると筋が通った根拠がある。株式は土地・設備・ブランドといった実物資産の所有権であり、物価が上がればそれらの名目価値も上がるはずだ、という論理である。

実際、長期で見れば株式はインフレを上回ってきた。**1900年から2022年までのグローバル株式の実質リターンは年率およそ5%**で、債券の1.7%を大きく引き離す(Dimson-Marsh-Staunton による長期データ)。この実績が「やはり株はインフレに強い」という印象を補強してきた。

だが、この長期平均には大きな落とし穴がある。「インフレが進行している最中」の株式リターンと、「数十年ならした平均」は、まったく別物だということだ。

要点

株が長期でインフレに勝つことと、インフレ局面で株が強いことは別の話。前者は数十年の平均、後者はインフレ進行中の数年間を指す。混同すると判断を誤る。

1970年代、株は実質で大きく負けた

通説を検証するのに最適な実験室が、1970年代の米国だ。2度のオイルショックで物価が高騰し、景気は停滞するスタグフレーション(stagnation=停滞 と inflation=物価高 の合成語)が10年続いた。株式投資家にとって、それは試練の時代だった。

-48%
S&P500の実質リターン(1973-74、概算)
-18%
米長期債の下落(同期間)
≒0%
S&P500の10年実質リターン(1970年代全体)

名目の株価は1970年代を通じて上下しながらも横ばい圏だった。だが物価が10年で倍近くに膨らんだため、実質(物価調整後)の購買力で見ると、株式はほとんど増えなかった。とりわけ1973-74年の急性期には、複数の集計で米国株が実質で約48%——つまり購買力ベースで半値近くまで下落したとされる。

注意したいのは、株式と債券が同時に負けた点だ。「株が下がっても債券が支える」という分散の常識は、インフレ局面では通用しなかった。物価高はあらゆる名目資産の価値を削るからである。

日本の「狂乱物価」1974 — 投資家に起きたこと

海の向こうの話ではない。同じ時期、日本はさらに激しいインフレに見舞われた。第1次オイルショックを引き金に、1974年の消費者物価は前年比でおよそ23%上昇(生鮮食品を除くと32.9%、卸売物価は27.2%という記録も残る)。当時「狂乱物価」と呼ばれたこの物価高は、戦後のハイパーインフレを除けば日本史上最悪の水準だった。

経済も急ブレーキがかかった。1950年以来初めてのマイナス成長を記録し、それまで年8〜9%で走っていた高度成長が一気に失速した(NBERの伊藤隆敏らの研究による)。

注意

日経平均は1973年1月の高値からじわじわと崩れ、1974年秋には3,355円まで沈んだ。そして1973年の高値を取り戻したのは1978年——回復に5年近くを要した。インフレの最中に「いずれ戻る」と信じて持ち続けても、購買力の回復はさらに遅れる。

「物価が上がるなら株も上がるはず」という素朴な期待は、現実の日本市場では裏切られた。インフレが進む数年間、株式は資産を守るどころか、名目でも実質でも投資家の購買力を削り取った。

では、本当に勝った資産は何だったか

株も債券も負けたこの時代に、購買力を守る——むしろ増やした資産は確かに存在した。鍵は「金融資産」ではなく「実物資産」だったことだ。

資産クラス1970年代の実績(概算)性格
$35(1971)→$850(1980)、名目+2,300%超・実質年率約9%実物資産・通貨不信の受け皿
コモディティS&P GSCI指数が10年で約+586%(名目)物価そのものに連動
エネルギー株1973-74で実質+34%原油高の恩恵を直接受ける業種
農地・不動産米農地 $137→$737/エーカー(1970→80)、実質年率約4.5%実物資産・賃料が物価連動
株式(S&P500)10年実質ほぼゼロ、急性期-48%名目資産・割引率上昇に弱い
長期債急性期-18%固定金利が物価に置き去り
現金物価上昇分だけ購買力が目減りインフレに最も弱い

金はニクソン・ショック(1971年の金ドル交換停止)を境に変動相場へ移り、1オンス35ドルから1980年初頭には850ドルまで急騰した。名目で23倍、物価の伸びを大きく上回る**実質年率およそ9%**という驚異的なリターンを叩き出している。

補足

ただし金は「いつでもインフレに連動する」わけではない。ある分析では、1971年以降の金価格の変動のうちインフレと連動するのは16%程度にすぎない。金が輝くのは急激な物価ショックや通貨不信の局面で、緩やかな物価上昇では力を発揮しないという研究がある。「インフレ=金」と機械的に結びつけるのは危険だ。

インフレが奪うのは「お金の数字」ではない。
お金で買えるものの量だ。

なぜ株はインフレに弱いのか — 貨幣錯覚という落とし穴

「実物資産への請求権なら、なぜ株はインフレで負けるのか」。この矛盾は長年、金融学者を悩ませてきた。Fama と Schwert は1977年の研究で、戦後の米国データではインフレと株式の実質リターンがむしろ負の関係にあることを示し、通説に冷や水を浴びせた。

有力な説明が、Modigliani と Cohn が1979年に唱えた貨幣錯覚(マネー・イリュージョン)仮説である。

貨幣錯覚(マネー・イリュージョン)
投資家が、企業の「実質」の利益を「名目」の金利で割り引いてしまう錯覚。インフレで名目金利が上がると割引率だけが跳ね上がり、利益の名目成長を十分に織り込まないため、株価が過小評価される。

株価は、将来の利益を金利(割引率)で割り引いて評価される。インフレで金利が上がれば、この割引率が大きくなり、理論株価は下がる。本来ならインフレ分だけ将来利益も名目で膨らむので相殺されるはずだが、投資家は割引率の上昇は素早く織り込む一方、利益の名目成長の織り込みが遅れる。この非対称が、インフレ局面で株を不当に安く沈める、というわけだ。

加えて現実の企業はインフレでコストが先に上がり、値上げが後追いになるためマージンが圧迫される。理屈の上での「完全な値上げ転嫁」は、実際には簡単ではない。金利が株価をどう動かすかは、PERが何を測っているかで割引率の観点から詳しく扱っている。

長期では株は勝つ — ただし「ヘッジ」だからではない

ここまで読むと「株はダメな資産」に思えるかもしれないが、それは誤読だ。冒頭で触れたとおり、株式は超長期ではインフレを着実に上回ってきた。重要なのは、その勝ち方の中身である。

  • 株が長期でインフレに勝つのは、企業が生み出すリスクプレミアム(成長と利益の積み上げ)のおかげであって、物価に機械的に連動する「ヘッジ」だからではない
  • ある国際比較では、インフレが低い(3%未満)局面では株は90%の確率で物価を上回るが、インフレが高い(3%超)局面ではインフレ超えはほぼコイントスに落ちる
  • 不動産など実物資産は、保有期間が長いほどインフレに負ける確率が下がる(3年で37%→30年で15%という試算もある)。時間が実物資産の味方になる

つまり株式は「インフレに直接強い」のではなく、「長く持てば経済成長がインフレを追い越す」資産だと整理するのが正確だ。インフレが牙をむく数年間は、覚悟して耐えるか、実物資産で補完するかの判断が要る。

歴史から投資家が学べること

過去の高インフレ時代は、現代の投資家にいくつかの示唆を残す。ただし**「過去がそのまま繰り返す」と決めつけるのは、最も危険な読み方**だ。

注意

1970年代と今では、金融政策の枠組み、通貨制度、産業構造のすべてが違う。物理的な制約や技術が主役を演じる局面では、過去のアナロジーは簡単に外れる。歴史は「こういうことが起こり得る」というシナリオの引き出しであって、未来の予言ではない。

それを踏まえたうえで、過去のデータが繰り返し示してきた事実は次の3点に集約できる。第一に、株と債券は高インフレ局面で同時に沈み得ること。第二に、実物資産(金・コモディティ・不動産・資源株)が物価ショックに対する数少ない緩衝材だったこと。第三に、現金はインフレに最も弱い——「安全資産」は名目の話で、購買力では着実に目減りすること。

なお、株式の中でも値動きの振れ幅(ボラティリティ)が小さい銘柄を選ぶ視点もある。Fundabaseの低ボラティリティ・ランキング高配当利回り・ランキングは、変動の激しい局面で相対的に踏ん張りやすい銘柄を探す入口になる。

要するに
  • 「株はインフレに強い」は短期では誤り。1970年代の急性期に米国株は実質-48%、日本株は5年戻らなかった
  • インフレの最中に購買力を守ったのは金・コモディティ・不動産などの実物資産だった
  • 株が長期でインフレに勝つのはリスクプレミアムのおかげ。インフレ進行中は耐えるか実物資産で補うかの判断が要る
  • 過去はシナリオの引き出し。繰り返すと決めつけず、資産を1種類に賭けない分散が基本

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